スターバックスの一部店舗で、席の利用を90分までとする運用が目立つようになっています。
退店時間が書かれたカードを渡される。
時間制限の札をテーブルに置く。
時間が来たら店員から声をかけられる。
こうした話を聞くと、多くの人が少しモヤモヤするのではないでしょうか。
もちろん、店舗側の事情はわかります。
混雑店では、席が空かない。
ドリンクを買っても座れない客がいる。
長時間利用する人が多いと、回転率が下がる。
店員も席待ちの不満に対応しなければならない。
だから、90分制には合理性があります。
しかし、それでも違和感が残ります。
なぜなら、スターバックスは単なるコーヒーチェーンではなく、「サードプレイス」を掲げてきたブランドだからです。
なお、90分制が全店導入なのか、退店時間カードや声かけの実態については、別記事「スタバの90分制は全店?退店時間カードや声かけの実態を整理」で詳しく整理しています。
この記事では、90分制そのものの是非よりも、なぜこのルールに違和感を覚える人が多いのかを考えます。
90分制そのものは合理的である
まず、90分制そのものを一方的に否定することはできません。
人気のスタバでは、席がなかなか空きません。
駅前、商業施設、観光地、オフィス街の店舗では、常に人が出入りします。テイクアウトではなく、店内で飲みたい客も多い。にもかかわらず、席が長時間埋まっていれば、買ったのに座れない人が出てきます。
スタバは、仕事にも使われます。
勉強にも使われます。
読書にも使われます。
待ち合わせにも使われます。
考えごとをする場所としても使われます。
それはスタバの魅力です。
しかし、店舗運営の視点では、長時間滞在が増えれば増えるほど、席の回転は悪くなります。
定量的に見ると、その差はかなり大きいです。
| 1席あたりの平均滞在時間 | 10時間営業で使える人数 |
|---|---|
| 3時間 | 約3.3人 |
| 2時間 | 5人 |
| 90分 | 約6.7人 |
1席を3時間使う客が多い場合、10時間営業でその席を使える人数は約3.3人です。
一方、90分で区切れば、同じ10時間で約6.7人が使えます。
単純計算では、座れる人の数は約2倍になります。
つまり、90分制は店側にとって合理的です。
そして、短時間だけ使いたい客にとっても合理的です。
「長居する一部の客」だけが席を占有するより、「より多くの客」が席を使える方が公平だ、という考え方もできます。
ここまでは理解できます。
それでもなぜ違和感があるのか
では、なぜ90分制に違和感を覚える人が多いのでしょうか。
理由は、スタバがこれまで売ってきたものが、単なるコーヒーではなかったからです。
スタバは、少し高いコーヒーを売っているだけの店ではありません。
街の中でひと息つける場所。
仕事と家の間にある場所。
誰にも邪魔されず、自分を整えられる場所。
人と会う場所。
考えごとをする場所。
そういう「時間」と「空間」まで含めて、スタバの価値でした。
だからこそ、多くの人はスタバを選んできました。
コンビニコーヒーの方が安い。
自販機の方が早い。
家で淹れた方が安上がり。
それでもスタバに行くのは、そこに「居場所」があるからです。
その場所で退店時間のカードを渡されると、利用者はこう感じます。
ここは、ゆっくりしていい場所ではなかったのか。
この落差が大きいのです。
サードプレイスと90分制の自己矛盾
スターバックスは、日本でも長く「サードプレイス」という考え方を打ち出してきました。
サードプレイスとは、自宅でも職場でもない、第3の居場所のことです。
この考え方は、スタバのブランドを支えてきました。
自宅では集中できない。
職場では息が詰まる。
でも、スタバなら少し落ち着ける。
そんな場所として、スタバは多くの人に受け入れられてきました。
しかし、ここに大きな矛盾があります。
| スタバの魅力 | その結果起きる問題 |
|---|---|
| 居心地がいい | 長くいたくなる |
| 長くいたくなる | 席が空かなくなる |
| 席が空かない | 新しい客が座れない |
| 新しい客が座れない | 時間制限が必要になる |
| 時間制限が入る | 居心地のよさが薄れる |
つまり、スタバは「長くいたくなる場所」として成功した結果、「長くいる人」を制限しなければならなくなっているのです。
これは単なるオペレーションの問題ではありません。
ブランドの成功が、ブランドの理想を圧迫している問題です。
サードプレイスを守るために、サードプレイスらしさを削らざるを得ない。
ここに、スタバ90分制の本質的な自己矛盾があります。
店側の論理と利用者側の感情はズレる
90分制は、店側から見れば合理的です。
しかし、利用者の感情は別です。
| 店側の論理 | 利用者側の受け止め |
|---|---|
| 混雑時に多くの客が座れる | 追い出されるように感じる |
| 席を公平に使ってもらう | 長居客への圧力に見える |
| 回転率を改善できる | 効率重視に見える |
| 店員が案内しやすい | 管理されている感覚がある |
| 座れない客を減らせる | ゆっくりできる場所ではなくなる |
| サードプレイスを多くの人に開く | サードプレイスらしさが薄れる |
このズレが、90分制への違和感を生んでいます。
店側は「より多くのお客様に使ってもらうため」と考える。
利用者は「長くいる人を排除している」と受け止める。
どちらか一方が完全に間違っているわけではありません。
むしろ、どちらも正しいからこそ、問題がややこしいのです。
退店時間カードが冷たく見える理由
特に象徴的なのが、退店時間カードです。
店側からすれば、カードは便利です。
誰がいつから席を使っているのかがわかる。
混雑時に案内しやすい。
利用者にもルールを明確に伝えられる。
しかし、利用者から見ると、退店時間カードはかなり冷たく見えます。
| 仕組み | 店側の目的 | 利用者の印象 |
|---|---|---|
| 退店時間カード | 利用時間を明確にする | 退店を管理されている |
| テーブル札 | 店員が確認しやすくする | 時間を見張られている |
| 声かけ | 席の回転を促す | 追い出されるように感じる |
| 混雑時90分の掲示 | ルールを周知する | まだ納得しやすい |
カードを渡された瞬間に、「あなたの滞在はここまでです」と言われたように感じる人もいるでしょう。
もちろん、実際にはそういう意図ではないかもしれません。
しかし、カフェの価値は感情で決まります。
歓迎されている感じ。
少し安心できる感じ。
急かされない感じ。
自分のペースでいられる感じ。
スタバの強さは、そういう感覚にありました。
退店時間カードは、その感覚を一気に現実へ引き戻します。
「あなたの席利用は90分です」
そう見えた瞬間、スタバは居場所ではなく、時間制の席に変わってしまいます。
30周年と新体制のタイミングで見えるもの
スターバックスは、日本上陸から30周年という大きな節目を迎えています。
また、2025年にはスターバックス コーヒー ジャパンのCEO交代もありました。
もちろん、社長交代と90分制の広がりに直接の因果関係があるとは断定できません。
「新社長になったから90分制を強めた」と言い切るのは危険です。
ただ、利用者から見ると、30周年という節目、新体制、そして一部店舗で目立つ時間制限の運用が重なって見えます。
そのため、「スタバも効率重視に変わってきたのではないか」と感じる人が出てくるのは自然です。
ブランドにとって重要なのは、実際の意図だけではありません。
どう見えるかです。
たとえ店側の目的が混雑緩和や公平利用だったとしても、利用者に「効率化のために追い出される」と見えてしまえば、ブランド体験は傷つきます。
スタバは何を売ってきたのか
ここで改めて考えたいのは、スタバが何を売ってきたのかということです。
| 売っているように見えるもの | 実際に利用者が買っている価値 |
|---|---|
| コーヒー | ひと息つける時間 |
| 席 | 安心して座れる場所 |
| 店舗空間 | 自宅でも職場でもない居場所 |
| Wi-Fiや電源 | 作業できる環境 |
| ブランド | 少し気分が整う体験 |
もちろん、商品としてはコーヒーを売っています。
しかし、スタバが本当に強かったのは、コーヒーを飲む時間まで商品にしていたことです。
少しだけ自分に戻れる時間。
人と会う前に整える時間。
仕事の合間に息をつく時間。
家でも会社でもない場所で過ごす時間。
その時間を買うために、多くの人はスタバに行っていたのです。
だから、90分制は単なるルール変更ではありません。
スタバが売ってきた時間に、上限がついたように見えるのです。
90分制は改悪なのか
では、90分制は改悪なのでしょうか。
一言で「改悪」と切り捨てるのは簡単です。
しかし、混雑店にとっては必要な現実解でもあります。
席が空かなければ、スタバは多くの人にとって使いにくい店になります。
長時間利用者だけが快適で、短時間利用者が座れないなら、それもまたサードプレイスとして不公平です。
本来、サードプレイスは一部の人だけの居場所ではありません。
多くの人が使える場所であるべきです。
その意味では、90分制は「サードプレイスを壊すルール」ではなく、「サードプレイスを多くの人に開くためのルール」とも言えます。
ただし、その運用が冷たく見えれば話は別です。
| 評価 | 内容 |
|---|---|
| 合理的な面 | 混雑緩和、席の公平利用、短時間利用者の救済 |
| 改悪に見える面 | 長時間利用しづらい、退店圧力を感じる |
| ブランド上の問題 | サードプレイスらしさが薄れる |
| 最大の課題 | 時間制限そのものより、伝え方と見え方 |
時間カードを機械的に渡す。
退店時間を強く意識させる。
店員から追い出されるように声をかけられる。
そうなると、スタバは居場所ではなくなります。
必要なのは、時間制限そのものよりも、伝え方の工夫です。
混雑時は多くのお客様にご利用いただくため、90分を目安にお席をお譲りください。
このような伝え方なら、まだ受け入れやすいでしょう。
しかし、「あなたは何時までです」と管理される感覚が強くなると、利用者は反発します。
90分制はスタバの成功が生んだ矛盾である
スタバの90分制は、単なる改悪ではありません。
混雑店にとっては合理的な施策です。
買ったのに座れない客を減らす意味もあります。
席をより多くの人に開くという意味では、公平性もあります。
しかし、それでも違和感は残ります。
なぜなら、スタバは長年「居心地のよい場所」として選ばれてきたからです。
長くいたくなる場所を作った。
その結果、長くいる人が増えた。
長くいる人が増えたから、時間制限が必要になった。
時間制限を入れたことで、長くいたくなる場所らしさが薄れた。
この循環こそ、スタバ90分制の本質です。
スタバは、コーヒーだけを売ってきたわけではありません。
居場所を売ってきました。
時間を売ってきました。
安心して座れる空気を売ってきました。
だからこそ、退店時間カードに違和感を覚える人がいるのです。
それは利用者のわがままではありません。
スタバが30年かけて育ててきた期待が、それだけ強かったということです。
90分制によって、スタバは何を守るのか。
そして、何を失うのか。
30周年を迎えるスターバックスは、いま改めて問われていると思います。
売っているのは、コーヒーなのか。
席なのか。
時間なのか。
それとも、居場所なのか。

